干物専門店・糸リン商店の歴史は古く、明治45年の創業。「養殖」の回でも紹介した大紀町錦漁港のそばにある。 屋上に行くと、たくさんのアジが干してあった。「朝に錦漁港であがったアジをすぐにさばいて、ここで干すんですよ」…代表の糸川有司さんはそう言うと、1枚のアジを手にとり、少し表面を押して確かめつつ「うん、今ぐらいがちょうどいいね」と笑った。
「継ぐつもりはなかったけど、父親が倒れちゃったから帰ってくるしかなくてね」という糸川さんは、大阪でサラリーマンをしていたが、継ぐために退社。 その後は試行錯誤の日々だったという。いい塩梅、という言葉があるが、その塩梅こそが難しいと思い知らされた。刻々と変わる天候、魚の状態、さばき方ひとつで味も変わってしまう。 しかし、何も受け継ぐものがなかったからこそ、先入観にとらわれず、一から干物作りを知ることができた。
作っては味見をし、条件を変えて何度も作っては味見をする日々。 そこで行き着いた自分なりの答えが「熊野灘産の新鮮な魚を使うこと」と「1枚1枚丁寧に手開きすること」、そして「保存料・防腐剤を一切使用しないこと」「無添加・無着色であること」だったという。
ココのアジは頭を残し、背から開く「紀州開き」で身を割っているが、これは手作業でしかできない方法。 干物は、干せばできるものであるが、そこには愛情が必要だ。 日差しが強い日は日陰を作ってやり、干す時間にも気を配り、まんべんなく風が当たるようにもしてやらなくてはならない。 まるで赤ちゃんのお世話のように、こまめに見守ってやるからこそ、美味しく育つ。「妥協すればすぐわかる。味は素直なんです」
天日干しの干物が美味しいのは、太陽で水分を蒸発させて魚の表面に膜を作り、その中にさかなのうまみを閉じ込めて熟成させているから。 しかしスーパーなどで売られている大量生産の干物は機械の冷風乾燥のため、魚の表面に膜が張らず、全体から水分が抜けるのでうまみが熟成されないのだそうだ。 「お客さんから『やっぱりココのは美味しいわ』と言われるのがうれしい。だから、続けているようなものです。真面目に作らないと、美味しいものはできない、と思いますね」
天日干しのアジを5枚分けてもらい、カワハギや味醂干しなどいろんな種類を家でいただいたが、どれも美味しくてアッという間に食べつくしてしまった。 パリッとなった皮の下から、ふっくらと柔らかく白い身が顔を出す。 じゅわっとした甘い脂が口の中に広がる。まさにいい塩梅、だ。美味しいものは、作り手の心が見えるのだ。
やまちゃんちは、まつかさ餅で有名な和菓子店・長新から細い道を入る。 地元の人しか分からないのではないか、と思うほど狭い路地にあるが、ココこそが遠方にもファンを持つ、ソーセージのレストランだ。
「大学時代に、自転車で日本一周をしたんです。貧乏旅だから、いつも公園に寝泊まり。そんな時、九州で手作りハムの店をやってる男性に出会ったんですよ」とオーナーの山邊直也さん。 「店に誘われて、ソーセージを食べさせてもらったら、なんというかもう…別物だった。今までこんなもの食べたことがない‼って、ものすごく感動しちゃって」。
こんな美味しいソーセージを毎日食べたい、自分でも作りたい…感動のあまり、すぐさま旅を中断して、そこで働くことに。 …結局、3年修業して店をやめ、途中だった旅を終わらせ、奈良でまた修業して、ようやくここに帰ってきた。 そして、12年前の2004年に念願の自分の店をオープン。 運命というものがあるとしたら、きっとこの出会いこそが、人生を変える運命的な出来事だったのだろう。
ハムやソーセージをしこたま買って食べたが、確かに別物。 ちゃんと肉からできているんだと感じる口ざわり、歯ごたえ。 市販のものに比べて、優しい味わいなのは、化学調味料が使われていないから。「市販されているハムって、製造工程の中で調味液を注入されているんです。 だから柔らかいし、味があるように思うけれど、ちゃんと手作りした本物は全然違う味がするんです。 これはカタいけど、しっかりとした肉の味を感じるでしょ」。
厳選した鹿児島県産の豚肉を、長崎県平戸の天然塩とスパイスで2週間漬け込み、熟成させる。 これが肉の味を決める大事な工程なのだそうだ。 保存がきくとはいえ、美味しいのはやはり出来立てだから。 味に妥協したくなくて毎日夜中に仕込み、朝早くから作っているという。
ふと、メニューに目を落とすと「手作りパン」という文字があった。 まさか…と聞くと「そうなんです。何でも自分で納得したものを出したいから、パンも焼いているんですよ。だから睡眠時間が削られちゃって…」。 苦笑する山邊さんを見て思った“ストイックすぎる”。 しかし、こうも思った。“この人の作るものなら、信じられる”。
<糸リン商店>数秒の間に、頭や身を割き、内臓を取り除き、電解水で洗浄されるスゴ技!新鮮な魚を新鮮なうちに干物にするから美味しいものができる
<糸リン商店>美味しそうな干物たち。上からはカラスやハエが、下からはネコが、昼夜かまわず狙ってくるため、網を壊され、何度も作り替えたそう。
<やまちゃんち>愛情込めて作ったハムやソーセージを常時20種類用意。作り置きはせず、毎日作りたてを出している。テイクアウトもできます。
<やまちゃんち>肉汁がパリッと弾ける食感のソーセージ、旨味を凝縮したハムをふんだんに使い、他では味わえない料理メニューがいっぱい。
コンシェルジュライター 宍戸厚美さん
手間ひまを惜しまず、美味しいと言ってもらうことを至上の喜びと感じている「糸リン商店の糸川さん」と「やまちゃんちの山邊さん」。 愛情込めて作ったものをさらに美味しく食べてもらうために糸リン商店では、つくりたての干物を発送してくれ、やまちゃんちではハム・ソーセージをメインとしたメニューを提供しています。ぜひ一度、ご賞味下さいね!